豊川稲荷にいってきた1
2008年06月21日(土)、
豊川稲荷にいってきた。

自転車で豊川稲荷にいってきた。
豊橋郊外のオイラんちからだと11km(移動距離)ぐらい。

豊橋の下条(げじょう)、豊川(とよがわ)河川敷。
下条は豊川が曲がってるとこなんで、河川敷が広い、
そいで、砂地なんでゴボウをつくってるね、まっすぐなゴボウができる。
そういえば、オイラの母方のひいおばあちゃんは下条の出身でしたな。

豊川。雨が降ったあとなんで茶色。

豊川の下条橋(げじょうばし)をわたると、豊川稲荷がある豊川市(とよかわし)に入ります。
豊橋さん、(*´Д`)ノさようなら

名古屋鉄道、豊川稲荷駅。
赤い電車は、普通電車の国府(こう)行きのようです。

JR飯田線、豊川駅。


幹線の鉄道が通ってない豊川にしては、立派すぎる駅です。

きつねがお出迎え。
豊川市は、豊川稲荷の門前町として都市が成立したところ。

駅前のロータリーできつねが踊ってる・・・恐いよー。

駅前は鄙びてる・・・、というか空襲で燃えなかったんで門前町が色濃く残ってる。
人口16万人の豊川市は、中心市街が2つあって、
豊川駅から西に2.5kmぐらいはなれた諏訪(すわ)地区のほうがにぎやか。

豊川いなり表参道って、右から書いてあるね。

表参道には、いろんなとこに古い看板が・・・。
| 豊川観光案内所 |
大きな画像 |
| 豊川観光案内所 |
観光案内のパンフレットを見ていると、
どうぞあがってくださいといわれたんで、おじゃましてみた。
オイラが前向きに靴を揃えてあがったら、後ろ向きに揃えなおしてくれた、
ありがとおー、わたしの修行が足りませんな。
豊川海軍工廠の展示を見物。
写真撮ってもよいそうなんで、撮影です。
※豊川市には戦前、東洋一の規模といわれた海軍工廠があった。
google検索:豊川海軍工廠

海軍工廠の生産品(機銃弾・薬きょう)

そういえば、給料袋があって、怒れ!米鬼・・・・と書かれていた。

500ポンド爆弾の模型。

500ポンド爆弾の破片。

豊橋が発祥といわれる、手筒花火。
豊川市は江戸時代、吉田藩(豊橋)領だったんで豊橋の文化の影響が強い地域。
吉田藩の居城があった豊橋中心部から豊川稲荷まで、直線距離で約6km。
| 門前町のうどん屋「来恩」 |
大きな画像 |
| うどん屋の来恩 |
豊川市が発祥といわれる、名物のいなり寿司を買いに来恩へ。

わたしは昭和の懐古趣味は、ぜんぜんないんだけど、
これはすごい!店内です。
写真撮ってもいい?って聞いたら、どうぞ、どうぞ、なので、
いなり寿司をつくってもらってる間、写真撮ってた、ありがとー。
愛知県の地元企業が多いね。

尾張名古屋でおなじみのオリエンタルカレー。

あじの素が、あぢの素になってる。
なんか、大名古屋ビルヂングみたいだ。

階段もすごいことになっています。
さすがに2階まで写真を撮りにいかなかったけどね。

で、これがいなり寿司。
菜飯に胡麻がまぜまぜしてある。
個数で注文できるんで、6個(500円)にしたんだけど、お腹いっぱい。

んで、薬師堂に寄り道。


賽銭箱の張り紙。
「オンコロコロセンダリマトゥギソワカ」は、サンスクリット語で南無薬師如来という意味。
左のほうに豊橋名産ヤマサのちくわ。
んで、豊川稲荷へ。
つづく。
大きな画像