2008年06月26日(木)

豊川稲荷にいってきた2

分類:愛知県 豊川市 / コメント:2

2008年06月24日(火) 豊川稲荷にいってきた1

のつづき。
日付は、2008年06月21日(土)、
豊川稲荷に参詣してきた。

場所:愛知県豊川市、豊川稲荷(地図、マピオン)


曹洞宗、円福山豊川閣妙厳寺
そうとうしゅう、えんぷくざんとよかわかくみょうごんじ

妙厳寺は、嘉吉元年(1441年)東海義易(とうかいぎえき)禅師により開創。
本尊は法祖寒厳義尹(かんがんぎいん)禅師
(曹洞宗開祖、道元禅師=承陽大師=高弟。第84代・順徳天皇の第3皇子)
伝来の千手観世音菩薩である。
東海義易禅師は法祖6代目の法孫。
また、鎮守として法祖御感(ぎょかん)見自作の豊川吁枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)をまつる。
広く、「豊川稲荷」と呼ばれるのはこの善神。

当寺境内地は3万4500余坪に及び、堂塔伽藍大小100余塔が並び建つ。
(東海日日新聞社、東三河の百ヶ寺より)


今年(2008年)の1月5日に曹洞宗大本山永平寺(えいへいじ)の78世貫首(かんしゅ)、宮崎奕保(みやざきえきほ)禅師が108歳(106歳)で御遷化(せんげ)された。
永平寺79世貫首には、妙厳寺(豊川稲荷)の住職、福山諦法(ふくやまたいほう)禅師が就任された。

・宮崎禅師の遺偈(ゆいげ)
慕古真心(古の真心を慕い)
不離叢林(叢林を離れず)
末後端的(末後の端的)
坐断而今(而今を坐断す)

先人を想い、叢林(そうりん、禅寺)を離れず、そして、座禅をすることが今、終わろうとしている。
宮崎禅師の生涯そのままのような漢詩だね、よい言葉だ。


総門
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総門

この総門は当寺の創立から214年後の明暦2年(1656年)に一度改築された。
現在の門は明治17年(1884年)4月18日当寺29世黙童禅師(もくどうぜんじ)によって上棟改築されたものである。
門扉(もんぴ)及び両袖(りょうそで)の扉は一千有余年の樹齢を重ねた
高さ4.5メートル・巾1.8メートル・厚さ15センチの欅(けやき)の一枚板で
欅独自の如鱗(うろこ)のような木目は類い稀な木材として専門家に知られている。
屋根は銅板鱗葺(うろこぶ)きで又諸処に使用されている唐金手彫(からかねてぼり)の金具は優れた技法を示している。
頭上に祀られている十六羅漢(らかん)は
名匠で諏訪ノ和四郎その他名工の合作といわれ参詣の諸人はこの仏様に見守れながら、この門をくぐるのである。
(案内板より)



青銅製の燈篭の八角形の屋根には、8つのシャチホコがのっかってる。

んで、総門に入って右手に、
曹洞宗のお寺の守護神、白山妙理大権現(はくさんみょうりだいごんげん)の鎮守堂がある。
曹洞宗の大本山は、白山信仰の越前国にある、永平寺だからね。
ついでに、豊橋のお寺でいちばん多いのは、曹洞宗。

鐘楼堂
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鐘楼堂(しょうろうどう)

豊川いなり大本殿の落慶(らっけい、完成)を記念して、昭和12年浜松市太々講(だいだいこう)の寄進によるものである。
総欅材造りで近代の建造物としては優秀な結構として賞讃されている。
天井より吊される梵鐘(ぼんしょう)は、戦時中に供出されて久しく妙音をきくことが絶えていたが
終戦後戦歿者の慰霊のためと世界平和と人類の福祉を祈願するために鋳造されたものである。
朝夕に打ち鳴らす妙音は、四キロ以上の遠方まで響き渡らせている。
更にその妙音は、しばしば「除夜の鐘」の音としてNHKを通じて全国に放送されて人々に親しまれている。
(案内板より)



鐘を鳴らしてる動画(YouTube

山門


山門の屋根にシャチホコがのっかってる。

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山門

天文5年(1536年)今川義元公が寄進した建物で当寺の現建物中最古の建物である。
又唯一の丸瓦葺造りの屋根の形をしている。
寛政5年(1792年)に修理し更に昭和29年春、かなえ講の協賛によって大修理が行われた。
左右の阿吽(あうん)の仁王像は昭和41年篤信者によって寄進されたものである。
(案内板より)



仁王像。


法堂



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法堂(はっとう、本堂)

今から550年前東海義易禅師(とうかいぎえきぜんじ)によって創立されて円福山妙厳寺(えんぷくざんみょうごんじ)の中心を占める建物で
寒厳義尹禅師(かんがんぎいんぜんじ)が自ら刻まれた千手(せんじゅ)、千眼観世音菩薩(せんげんかんぜおんぼさつ)の尊像を本尊仏として奉祀している。

建物は総桧二重屋根瓦葺で重厚な外観を示す。
内部は禅宗寺院特有の簡素な構造で朝、昼、晩の勤行(ごんぎょう)、仏事(ぶつじ)、法要、説教が随時行われる。

内部正面には浄聖台(じょうしょうだい)の額が、外部正面には大本山総持寺独住第1世奕堂禅師(えきどうぜんし)が揮毫(きごう)した「妙厳禅寺」の篇額(へんがく)が掲げられている。

現在の建物は、天保時代24世の住職によって新築されたものである。
この建物に続いて開山堂があり、宗祖道元禅師はじめ、寒厳禅師、当寺の開祖、東海義易禅師、歴代住職、諸大和尚の尊像霊牌並びに開基の(今川義元公)位牌がお祀りされている。
尚釋尊のご分骨を奉安した舎利塔は国宝級の宝物で毎年12月初旬舎利供養が営まれている。
(案内板より)


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燈篭

後ろの白いテントは、明日(毎月22日)の縁日の準備で、当日、ところてんが無料で振舞われる。
縁日の無料接待のメニューは、
・春、みたらし団子
・夏、ところてん
・秋・冬、甘酒
オイラは、みたらし団子がいいなあ、ところてんは好きくない・・・。



左から、寺寶館(入場料400円)、豊楽殿。

豊楽殿
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豊楽殿(ほうらくでん)

文政7年(1824年)の建立で旧本殿の祈祷殿(般若殿ともいう)であったが大本殿の新築によりここに移築されたものである。
特に天井には「絵画格天井(かいがごうてんじょう)」がそのまま保存されている。
大祭時の余興、その他随時に使用されている。
建物は50坪(165、29平方メートル)で総桧造り銅葺で瀟洒な建物である。
(案内板より)



金、ですわ。

豊川稲荷大本殿



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豊川いなり大本殿

寒厳義尹禅師(かんがんぎいんぜんじ)がご感得、ご自作の端厳妙相(たんごんみょそう)をそなえられる豊川吁枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)
通称「豊川いなり」のご本体が祀られており、全国幾千万のご信者の信仰の中心でありご祈祷の根本道場である。
御真言は「オンシラバッタニリウンソワカ」と申しご参詣の人々は、このご眞言を唱えて拝礼しご加護を受けられたい。

当寺29、30、31世の3代にわたる大本殿新築の大願は明治、大正、昭和の三世代に跨って信者の信心を凝集して昭和5年春竣工し落慶(らっけい)大開帳が行われた。
建物は総欅造(そうけやきづくり)、妻入(つまいり)二重屋根三方向拝の型をとり間口十間七分五厘(19.35m)高さ百二尺(30.6m)奥行二十一間四分三厘(38.59m)丸柱直径八寸(24cm)のもの、直径三尺(90cm)のもの計72本が使われ内部は内陣般若殿(ないじんはんにゃでん)、施主殿(せしゅでん)に区画され内陣は本尊「豊川吁枳尼眞天」が奉祀してありその厨子は、諏訪ノ和四郎の作で屋根の瓦に至るまで朱漆塗りで精巧に彫刻を配し稀に見る巧緻精麗(こうちせいれい)な出来栄えは拝観者の讃嘆するところである。

更に両脇祭壇には伏見宮(ふしみのみや)家より贈られた毘沙門天(びしゃもんてん)、有栖川宮(ありすがわのみや)家から贈られた聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)、その他貴重な諸仏、諸菩薩の像及び諸仏具等が安置されている。

明治時代に至り有栖川宮家より「豊川閣(とよかわかく)」の大額が下賜され大本殿内に掲揚されている。
当寺を「豊川閣」と呼ぶのは、この因縁によるものである。
(案内板より)


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鉄製の灯篭





オイラもロウソクを献燈、右から2本目のやつ。
御真言は「オンシラバッタニリウンソワカ(尸羅婆陀尼黎吽娑婆訶)」。


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通天廊



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通天廊は、昭和5年につくられた高架のわたり廊下で、法堂から大本殿、宝雲殿にいたる。
幅約4m、長さ約200m、天井はクスノキ、他はカツラで、一部ウグイス張り。


名勝、妙厳寺庭園


法堂の裏、通天廊の奥に妙厳寺庭園があるんだけど、見えないよー。

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名勝、妙厳寺庭園

名勝「妙厳寺庭園」は、江戸時代初期の築造で、昭和36年4月、日本指定庭園となった。
広さ約370坪。老樹を背景に三笠山を象し、空滝をつくり山ろくには池汀を設けた築山泉水庭園である。
築山にはサツキ・ボタン・クチナシ・サザンカなどの草木が花を咲かせ、四季を彩る。
(東海日日新聞社、東三河の百ヶ寺より)



通天廊の下を通って、奥の院へ。



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三重の塔




景雲門
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景雲門(けいうんもん)

安政5年(1858年)の建物で旧奥の院の拝殿であったが、昭和5年大本殿落慶(らっけい)にあたりここに移築して奥の院参詣の門となった。
この門にも名匠諏訪ノ和四郎の優れた彫刻を見ることができる。
(案内板より)


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奥の院拝殿。

霊狐塚







で、 宝雲殿、万燈堂、弘法堂、大黒堂にはいかなかった、
豊川稲荷さんは、ちょっと境内が広すぎです。


最祥殿
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最祥殿

御信者に法話や接待を行う山内最大の書院で、12の座敷間仕切を開けば、400畳敷の大広間となり、講社、団体等一千人の接待ができる。
大玄関正面の巾三間松材板廊下に、黙童禅師御揮毫の「此処最吉祥」―この処最も吉祥―の額が掛かる。
(豊川稲荷略縁起より)

ついでに、永平寺の山号は吉祥山。

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左から、最祥殿、立願所

精進料理つきの祈願は、4000円から(金額によって料理が少し違う)。
参籠1泊2食つきの祈願は8000円。
受付、6:00〜15:30。

べ、別に精進料理が食べたいわけじゃないんだからね!
曹洞禅といえば、胡麻豆腐ふふふ。


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豊川閣の。 ふつーの。

左の写真が立願所(りゅうがんしょ)の前にある、豊川閣私設のポスト。
郵便って、右から書いてある・・・。


最後に、御朱印(300円、たしか4種類ぐらいある)、
豊川吁枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)をいただいた。




おわり。

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